田部井淳子さん
出典:田部井淳子オフィシャルサイト

登山家の田部井淳子さんが20日午前10時ごろお亡くなりになりました、4年前にがんと診断されたあとも、抗がん剤治療を受けながら活動を続けてきましたが入院先の埼玉県川越市内の病院で亡くなりました。お亡くなりになった病名は腹膜がんだったそうです。告別式は近親者で済ませられ77歳だったそうです。後日お別れの会を開く予定でいるようです。お会いすることは無かったが出身が私と同じ福島という事もあり大変身近な存在の方でした。

history

田部井淳子
出典:wikipedia

1939(昭和14)9月22日

福島県三春町に生まれる、7人兄弟の7番目の末っ子として生まれる

初めての登山は小学校4年生の時に栃木県の那須連峰に登ったのが最初で学校では学べないことがたくさんある事を知る

 

1962(昭和37)

大学には山岳部が無く冬季を除く3シーズンに友人と山に行くくらいだった

昭和女子大 英米文学科卒業、社会人の山岳会に入会し、登山活動に力を注ぐ、当時の山岳会は女人禁制の会が多く唯一女性の募集をしていた山岳会に入ったそうです、クライミングでは直接岩に触れ手と足で登っている感覚がとても好きだったそうです、以後数年間、谷川岳や穂高岳でのクライミングに熱中することになる

 

1969(昭和44)

『女子だけで海外遠征を』を合言葉に女子登攀クラブを設立

翌年にアンナプルナIII峰(7555m)に遠征して登頂に成功。

 

1975(昭和50)

エベレスト日本女子登山隊 副隊長兼登攀隊長として、 世界最高峰エベレスト8848m(ネパール名:サガルマータ、 中国名:チョモランマ)に女性世界初の登頂に成功

日本人で6人目(女性では1人目)

世界では38人目(女性では1人目)

当時のエベレスト登山は1シーズンに1チームしか入れないという厳しい条件だった、ネパール政府からの許可が下りたのは1971年、1975年のシーズン、申請を出してから1年半後の返事だった。予算集めにも苦労し女性だけの隊で登る事に協力してくれる企業はなかなか無かった、そんな状況の中幸いにもテレビ局と新聞社が応援してくれることが決まり、寄付と各自分担で登山出来る事になる

エベレスト登頂では第二キャンプ(6500m地点)がテントごと雪崩に埋まる大きなアクシデントに見舞われたが、下山せずアタックすることを決意!登頂を成功させ無事生還している

1992(平成 4)

女性で世界初の7大陸最高峰登頂者となる

日本人で初めての成功

世界では19人目(女性では1人目)

 

2000(平成12)3月

九州大学大学院 比較社会文化研究科 修士課程 修了

 

享年まで年に数回海外登山に出かけ、70か国以上の最高峰・最高地点を登頂。

山岳環境保護団体・日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト、略称HAT-J(ハット・ジェー)の代表を務めた。

2016年7月、東日本大震災被災者への支援活動として東北地方の高校生らとともに富士登山に参加、これが生涯最後の登山となった。

出典:田部井淳子オフィシャルサイトwikipedia

田部井淳子さん
出典:覚悟の瞬間

田部井淳子さんの名言

「人生は、8合目からがおもしろい」

「やってみたいことはやってみる」

「夢を持ち続けていたらいつか実現する」

「私は、ぶつかるぐらいなら逃げちゃう。逃げても自分の意思は通す。そうやって私は切り抜けてきた」

「大事なのは平常心。どういう方法で切り抜けられるか、頭で考えることができるのが人間。だからそのときにオタオタしない」

「病気になったことは受け入れるしかない、でもしっかり受け入れたのだから医学的なことは先生にお任せして、ただ体が治療でどんなに辛くても歩かなければ絶対にダメ!という体の声に応えること、それが私にできること」

「歩けるうちは歩きたい、生きているうちは、1分1秒でも楽しく、やりたいことをやって生き抜けたい」

「山の日」というと、どうしても北アルプスや南アルプスという高く大きな山を想像させるかもしれません。けれども、私が多くの方々にもっと知ってもらいたいのは、「日本の里山も山、森も山」ということです」

「ベッドから見る景色は同じ、同じ景色を見るのはつまらない、私は富士山の山頂からの景色を楽しみたい、その美しい景色こそが、生きている実感を私にもたらしてくれるです」

「一歩 一歩 前へ」

「人生は楽しいもの、決して人を責めず、時間を上手に使い、一つずつ扉をあけていきましょう」

「二本の足でこれだけ長く歩くことができるのは、人間だけなんです、せっかく与えられた力なのですから、使わなくてはもったいない」

好奇心旺盛で何事もプラスに考えるポジティブさ、強い意志の強さを感じます、病気になっても寝ているだけなんてもったいない、歩けるうちは自分の好きな山歩きをして美しい景色を見る事のほうが良い、学校では教えてくれない事をもっとたくさんの人に伝えたい、苦しい事や悲しい事があっても人生を山歩きのように一歩一歩前に歩いて行こう!その先には美しい山頂が待っているのだから。

最後の文章は私が田部井淳子さんの名言から感じた事をまとめた文章です、なんか自分の悩みがちっぽけに感じてしまいました、田部井淳子さんは本当に偉大な方でした、心よりご冥福をお祈りいたします。今頃空の上で新たな楽しみを見つけているかもしれません。

あーやっぱり山登りやめられない!

 

追記 田部井 進也さんFBより送る言葉

フェイスブックをしていない人にも伝えたかったのであえてアップしたいと思います、とても感動した送る言葉でした、田部井淳子さんの意思は永遠に繋がっていく事でしょう。

田部井 進也さん 母へ送る言葉

田部井 進也さん 母へ送る言葉

田部井 進也さん 母へ送る言葉
出典:田部井進也さんFBより

 

 

 

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