鶴ヶ城
写真は会津にある鶴ヶ城と桜です

最近戦国時代の事が気になりだし、色々と調べるうちに来年の大河ドラマの存在を知る、正直まったく興味のなかった分野、自称歴女の嫁の存在が大きい。

大河ドラマとは1963年『花の生涯』から始まり、今年の『真田丸』で55作品目になる、そして来年2017年には柴咲コウ主演『おんな城主 直虎』が決まった。この直虎とはいかなる武将なのか気になったので調べてみたいと思う。

柴咲コウ出典:NHKオンラインより

直虎とは

直虎とは戦国時代の女性領主で井伊直虎(いい なおとら)のことである。

遠江国(とおとうみのくに)・現在で言う静岡県浜松にあった井伊谷城主である井伊直盛の娘として誕生。父親である直盛に息子がいなかった為、直盛の従兄弟である井伊直親を婿養子としてもらい結婚する予定になっていた。

しかし、1544年今川氏与力であった小野道高が讒言(ざんげん・悪い噂を流して陥れる事)を流し、直虎と婚約していた直親の父・直満がその弟・直義と共に今川義元への謀反の疑いをかけられ自害させられる。

婚約者の直親は井伊家の領地から脱出し信濃へ逃亡、井伊家では直親の命を守る為、生存は秘密にすることにした。

一方いいなずけであった直虎は失意に落ちたまま出家することになる、出家した直虎の出家名は次郎法師と名乗ったそうです。

その後の井伊家は不幸が続き1560年の桶狭間の戦いで父・直盛が戦死、1555年に復帰していた直親(信濃に滞在中に奥山親朝の娘と結婚することになり直虎と一緒になる事はなかった)は1563年に今度は小野道好(以前讒言された通高の子)に讒言され今川氏真に殺されしまう。

直虎ら一族にも被害が及ぶところを母・祐椿尼の兄であり伯父である新野親矩に擁護され救われる。

しかし、その後1563年に今川氏真の命令で犬居城の攻めていた曽祖父の井伊直平が急死、そのため翌年1564年には引間城攻めに井伊家を支えていた新野親矩や重臣の中野直由が参戦、しかし戦場から帰ってくることは無かった。

家中を支えていた者がほとんどいなくなってしまい、直親の子であった幼年の虎松(井伊直政)は叔父の南渓瑞聞により鳳来寺に移される事になる。

以上のことがあり出家していた次郎法師は1565年直虎と名前を変えて井伊氏の当主となった。

ここで『おんな城主 直虎』が誕生したわけです

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直虎が当主になったその後

小野道好の横暴は続き永禄11年(1568年)に井伊谷城を奪われてしまう、しかし小野のやり方に反旗をひるがえした井伊谷三人衆(近藤康用、鈴木重時、菅沼忠久)に徳川家康が協力し、実権奪取に成功する。小野道好は直親への讒言の罪が認められ処刑されることになる。

しかし1572年信濃から武田氏に侵攻され井伊谷城は武田家臣であった山県昌景に再び明け渡す事になる、その後、井平城の井伊直成も仏坂の戦いで敗死してしまい徳川氏の浜松城に逃れた。

武田氏は強く、徳川と織田の連合軍でも敗戦が続き三方ヶ原の戦いや野田城の戦いまで連敗してしまう。ところが当主の武田信玄が病に倒れ、1573年にようやく武田氏は撤退し直虎は三度井伊谷城を手にする事になる。

直虎はその間、いいなずけであった直親の遺児・虎松(直政)を養子として育て天正3年(1575年)、300石で徳川氏に出仕させる。

天正10年(1582年)8月26日に死去。

家督は直政が継いだ、墓は井伊家の菩提寺である龍潭寺に許嫁の直親の隣にある。

出典:wikipediaより文章引用

波乱万丈な女性領主の直虎の生き様をどう描くのか、直虎を調べて思った事は強く生きなくてはならない、どん底に落ちながらも様々な人の助けがあり這い上がっていく、柴咲コウとリンクさせてみると他に演じれる人が見当たらない、なにかこう、強い女を描くにはうってつけの女優さんではないでしょうか、1つ気になる事は小野親子は誰が演じるのだろう、、、演じる役者さんは相当嫌われるだろう(笑)

因みに井伊直虎と井伊直政はゲームのキャラクターになっています、戦国無双と戦国BASARAというゲームに出てきます。

こちらが戦国無双シリーズの井伊直虎と井伊直政

井伊直虎 無双 井伊直政 無双

こちらが戦国BASARAシリーズの井伊直虎です、直政は出てないようです。

戦国バサラ4 井伊直虎

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