自称歴女である嫁の付き合いで城めぐりしてきました、今回のお城は白石城!白石城といえば伊達正宗の側近で軍師として活躍した片倉景綱が城主として有名である。白石城は以前に桜の時期に写真を撮りに何回か行ったことはあったが誰の城でどんな経緯があったかなどはまったく興味が無かった。
因みに場所は〒989-0251 宮城県白石市益岡町1−16
お城の東側に専用の駐車場があり、そこから徒歩で5~10分位で二ノ門につく、入館料が必要になり二ノ門近くの自販機で購入することになる。
入館料
一般 白石城300円
立体ハイビジョンシアター300円
武家屋敷200円
共通券600円(上記施設全入場可)
小・中・高の学生は半額になります、それ以下は無料です。
入館時間
4月~10月 9:00~17:00
11月~3月 9:00~16:00
最終入館は閉館時間の30分前までなのでお城に入ってみたい方は今月の場合15時30分前に入館しなくてはならない、午後から見に行ったので結構ギリギリの時間だった。それでは二ノ門から入っていきましょう!
狭間(さま)がたくさん開いてますね、狭間とは壁面、塀などに開けてある防御用の穴や窓のことで、戦闘の際は狭間から弓矢や鉄砲などで攻めてくる敵兵に攻撃したようです。
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ここからは内部の様子です、真田丸が放送されていて内部でも真田丸にまつわる展示品や紹介も多いようです、さて記事タイトルの真田丸 真田幸村にゆかりの地の理由ですが、実は大坂夏の陣で真田幸村が最後の戦いに挑む前に片倉景綱の子である片倉重長に真田幸村が自分の子供2男・真田大八と3女・阿梅(おうめ)を預けたとの事、真田大八は片倉家の家臣に、阿梅は重長の後室になったとされている。あの有名な真田幸村と関係がある話が白石で聞けるとは思ってもみなかった。
天守閣から見える景色
お城の中の様子
片倉家廟所
白石市の西側、愛宕山(あたごやま)の麓にあり、延宝八年(1680)、片倉氏三代景長(かげなが)が、みずから土地を選んで歴代の墓所としました。花崗岩の玉垣に囲まれて、10体の石造阿弥陀如来坐像が並んでいます。これは、仙台から石工を招いて造らせたもので、一体ずつ味わいが異なり、一見の価値があります。延宝八年には、初代景綱と二代重長の墓を傑山寺から移し、以後、当主のみの廟所としました。しかし、七代村廉(むらかど)夫人は、主家伊達氏の五代藩主吉村(よしむら)の娘であるため、ともに葬られています。また、そのかたわらに景綱の死に殉じた六名の家臣も埋葬されています。なお、十一代以降の当主および夫人らは傑山寺を墓所としています。
出典:心のふるさと再発見宮城の旅より
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